3asy to man!plate

もの書きの練習帳

いのち

全身の細胞が開いていく感覚を私は忘れない

なにものにも追い越される時の、高揚感ともいえない胸の高鳴りも

金切り声をあげているのは血を分け合った兄弟たち

あやすことも忘れて泣き疲れた産みの親たち

 

帰るところはあるのですかと唐突に聞かれた質問に対して

しわがれた老女の中心を指さして

私の帰るべきところは大地ですと

そう答える女を見ている

すると私の目はたちまち黒い雲に視界を遮られ

いままで見たことも聞いたこともなかったような

世界へと誘われていく

足取りは軽く

きっと私の命もそのように軽いのだ

 

先にこの世に生をうけたものたちはどうなったのかを

知る由も術もない

ざらついた肌をさらけ出し

そこにいっぱいの日の光を受け

何も覚えていない

赤子のような顔で

おはよう、と言うだけなのだ

 

血を分け合った兄弟たちよ

私のお腹は暗かったのか

生きている鼓動は

聞こえていたのか

そしていずれ、土に帰って生くのか

 

(2008.2.8)

置いてけぼりの気持ち

なんにも変わっていないつもりだった

私もみんなも

でもそれは気のせいで

みんな少しずつ、でも急速に

変化していた

私はまったくそれに乗ることができなかった

 

置いてけぼりの気持ちは

 

悲しいというよりも

もう何も感じずに、ただ静かに空虚な穴が

心に空いたような感じがした

 

大好きだったあの場所でさえ

年月がたつにつれて

景色が変化し、

街が変化し、

人が変化し、

もとある形をどうやら忘れたみたいで

ただ

昔の姿を求めている私だけが

ひとり取り残されたような

そんな感じがする

 

変わらないものは無いということは知っている

けれど

きっと変わらないものがあると

信じている

 

それがあたなだと思っていたけれど

 

取り残されたのは私だけだった?

 

置いてけぼりの気持ちを

少しも考えたことのない

置いていくものに言いたい

 

きっと変わらないなにかがある

置いていかれない理由がある

しかしそれが何なのか

一番知りたいのは私であってあなたなんでしょ?と

 

置いてけぼりの私は

いつもとなりにいるあなたに

心の穴をふさいでもらっていたけれど

そのあなたにも

置いていかれて

途方もなく

ただ静かな時間が広がっている

 

(2007.12.22)

everyday

出て行くもの を 失いたくない

青いもの 黄色いもの 赤いもの

感覚だけが 確かなもの

 

鳥が鳴いている 木の上にとまっている黒いもの

空を覆う 物体 おりてくる 物体

あの向こう側には 何があるの

教えてくれるひとはいない

 

来るものを 拒みたくない

なんでも この手の中に かくまう自信はある

ある程度の 話

 

今年もまた 巡ってくる

寒い記憶 去年の それは苦い苦い

繰り返されるものを 恐ろしいとは感じない

ただ めまぐるしいと

それだけを 思っておくようにしておく

 

何もないところに設置された私

がらんどうな 心のなかで

必死に もがき苦しんでいる あなた

どうしようもないでしょうか どうすればいいか

 

じゃりじゃりと する感触

砂が口に入っている

いや 砂じゃない

もう 朽ちてしまったの なにもかも

 

気を取り直している そんな暇はないのに

おおよそ予想していることは 予想内におさまって

青い 黄色い 赤い そんな単純な毎日を

予期せぬ形で迎えている

 

(2007.12.16)

帰宅

そとはもう暗いから家へかえろう

吐く息が白くなっている

あなたの横顔 その輪郭をなぞる

 

わたしがさしでがましくいったことばに

急に口を閉ざしたあなたは

それから帰るまでの道のりは一言も発せず

ただ足音だけが響いていた

 

早い歩調にあわせる遅い足音

いつも迷惑ばかりかけてごめんね

 

街頭がぼんやりとしている

つきもぼんやりとしている

でも私のあたまはきりっと冴えていて

そんなことあなたはしらないでしょうけれど

 

私は沈黙をやぶるための言葉を必死に考えている

そんなうちに家に着いたよ

 

ただいまって私たちは

声をそろえていうんだね

 

(2007.11.13)

わたしはそうやって生まれたの

堕落者は言った

あんたにあっておれにないものは何か

そんなこと分からなかった

野蛮なものは相手にもしなかった

 

ただひたすらな頑張りを私は繰り返していた

私は間違っていない

私は正しいのだ

そうやって白く塗られた壁を私の周りに建てた

邪悪なものが侵入しないように

 

堕落者は言った

あんたのそういう真っ白なところがだめなんだ

色を付ける楽しさを知らない愚かなやつだ

 

ある日ジャングルからでてきたライオンの背中についていた

ペンキの色を素敵だと思った

そのときの私は自然と人間の共存だと思ったのだ

でも私は間違っていた

一方的な共存は もはや共存ではない 依存だと

気付いたのだ

 

白い壁を外側から打ち砕く堕落者が

何をそんなに必死になっているのかが私には理解しがたかった

私は少なくともこの場所を動かないのに

ここにいると分かっているのに

 

私はライオンではなかった

もちろんシマウマでもなかった

私は愚かな堕落者だった

 

打ち砕かれた壁のなかにはなにがあったのか

それを知ってしまったために

私は私としてこのよにうまれた

 

(2007.11.8)

糾弾

矢印を見つけなさいと軍服姿の男は言うのだけれど

私は何のことかさっぱりわからないでいる

 

青い空にはいつか穴があいて

そこからは大きく偉大な強い光が直接地球に届く

その後のことは覚えていないが結局は死に至る

 

いい加減愛想尽きたと言い走り去った女も

汚れたワンピースと笑顔で家に戻ってきた

得たものは計り知れないおろかさだと笑い

液晶の漏れた画面に釘付けになるよりは

腐った森に出かけて木の皮を剥がすほうがましだとも言った

 

黒い色を塗った缶に蓋をして もう見られないように蓋をして

知らない土地に深く埋める

掘り起こされぬように深く埋める

偉人なんてこの世にはいなくて

いるのはただの批評家と批評を求め飢えている作家だけだと連呼しながら

 

矢印はまだ見つからなかった

埋めた缶を掘り起こしたはずなのに見つからなかった

それでも軍服姿の男は微笑ましく言ったのだ

 

「あなたは黒い色より白い色の方がお似合いだ。

 腐った森の木の皮を剥がすより、どうだね、家で詩でも書かないか」

 

掘り起こせなかったのは嘘で、掘り起こそうとしなかったのが事実で

ずっと耳を塞いで目を閉じてしゃがんだまま矢印を思い出す

 

まだあの軍服姿の男が目の前にいることを知りながら

 

(2007.10.27)

尿意がする

背中がかゆい おい、かいてくれないか? そうだ俺はひとりだと気がつく

冷たい風が吹く 外では木枯らしがなっている もう冬かと寂しく呟く

衣替えをする 冬物の懐かしい匂いがたちこめる 手編みのマフラーが出てくる

お前の事を思い出す 不意に泣けてくる 先立たれた男は悲しくて泣けてくる

 

ーーーー

 

きっとろくなことをかんがえていない

あなたにかぎって

やっぱりそうね 思ったとおり

私はそこにはいないけれど

たしかにどこかで息づいているから

それだけで幸せなんて

残していった私がいうのはおかしいかしら

 

(2007.10.11)